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境内の風景

多賀神社について

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合掌している様子

主祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)です。

日本最古の書物「古事記」によると、この二柱の大神は神代の昔に初めて夫婦の道を始められ、日本の国土、続いて天照大神をはじめとする八百万(やおよろず)の神々を御生みになられました。
生命(いのち)の親神様であることから、古くから「延命長寿・縁結び・厄除け」の神様として信仰を集め、戦国時代には「お伊勢参らば お多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」という俗謡もあるほど、多賀信仰は広まりました。和歌山全域、大阪岸和田以南へは江戸時代中頃より多賀信仰が始まったといわれています。

境内の風景

文政七(1824)年には甲戌旧藩主舜恭院殿のご勧請にて紀州公へお祭りなされた古事があります。明治四(1871)年、神仏分離令をきっかけに神仏混合であった総本山である近江多賀大社も神道一筋として組織を統一し、和歌山多賀講も明治十(1877)年に神社設立申請認可されました。明治二十三(1890)年に本殿、社殿、社務所が建立し、神社としての体裁がととのいました。昭和二十(1945)年、和歌山大空襲により神社は消失しましたが、鳥居のみは残り生き証人となっています。先祖からの講員名簿は地中に埋め保存し、助かりました。昭和二十九(1954)年、戦前規模の三分の一に縮小し神社は復興しました。
「いのち神」お多賀さんの愛称で全国的に知名度があり「赤ちゃん命名」「縁結び」「安産祈願」「延命長寿」「開運隆昌」等の祈願参詣者が多く、今日に至ります。